初めての中国(その2)
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4.女難:  旅行に出かける前に読んだ本で、「上海」という語に予想外の意味があるこ とを知った。 shanghaiを[ジーニアス英和辞典]で見ると、  1.(酒・麻薬・暴力で)..の意識を失わせて船に連れこんで水夫にする  2...に(無理に・だまして)[・・・を]させる という動詞の意味が、古語として、載っている。 「上海された男」という日本の小説もある。アヘン戦争に敗れた中国は、上海 が植民地のような状態に置かれていた。明治維新前夜に上海を訪れた高杉晋作 や伊藤博文などの日本人は、日本を上海のようにしてはいけないという危機感 を抱いたようである。当時の上海は暴力や麻薬がうごめいていた魔界都市だっ た。現在はそうではないだろうし、そうではないことを願いたいものであるが、 いつの時代でも大なり小なり裏社会は活動しているものである。そして裏社会 への扉は、多くの場合、オンナによって開けられるのである。  田村俊子終焉の地を見てから友人のマンションへ帰る途中、歩行者天国を抜 けた。広い道路がおよそ500メートルほどの長さで歩行者専用になっていた。 道路の両側にはアメリカの歓楽街風の建物が並んでいた。道路は人で溢れてい た。私はカメラを首に掛け、足早やに歩いていた。その日の夜7時から雑技団 見物をするため、友人宅へ6時までに帰ることになっていた。すでに5時半を 回っていた。道路を100メートルほど歩いたとき、若い女性が声をかけてき た。中国語で意味がわからないこともあったので、足を止めずに手を振って通 り過ぎた。少し歩くと今度は二人の若い女性がたどたどしい日本語で声をかけ てきた。一人の女性は身をすり付けるくらいに接近してきた。二人の表情には その手のプロのような雰囲気が感じられた。急いでいるので、と振り切って歩 き続けた。さらに100メートルくらい歩いたとき、今度は英語で話しかけて きた女性がいた。小柄できれいな顔立ちをしていた。小脇に本を抱えており、 上品な学生のような初初しさが感じられた。「少しお時間があれば お話をし たいのですが..」と少し遠慮気味に話しかけてきた。あいにく友人と会うこ とになっているので、と言って別れた。歩行者天国を抜けるまでに、もう一人 の女性が声をかけてきた。  歩行者天国を抜け、念のために方角をコンパスで確かめようと思って胸が高 鳴った。確かズボンの左のポケットに入れておいたはずのコンパスがないので ある。やられた、と思った。日本語か、英語か、どちらかに違いない。老いた りといえど間抜けではないという自負と、しかしやはり注意が足りなかったの かという反省とが交錯した。飲兵衛たちに話したら笑われるのがオチなので、 黙っておくことにした。雑技団の見学が終わって友人のマンションに戻って驚 いた。テーブルの上にあのコンパスが載っていたのである。出かける前に置き 忘れていたのだ。一安心するとともに、あの英語の女性と話をする時間がなか ったことが悔やまれた。              shanghais021.jpg               戸外で洗濯する女性(上海) 5.物価事情:  蘇州で自由行動の日にバスに乗ってみた。距離に関係なく1元(約13円) だった。上海の地下鉄は距離に応じて高くなるが、最低金額は2元だった。 ラーメンは杭州でも蘇州でも1杯4元(52円)だった。物価は日本の10分 の1と考えたらよさそうである。それにしても、ラーメンの麺の味は日本の味 に慣れた者にとってはいただけない。中国に限らず、どこの国の中華料理店で も日本のようなラーメンの味を求めることはできない。食は習慣である。最近 は中国でもカップラーメンに人気があるそうなので、将来は中国人の味付けが 変化するかも知れない。  もう少し値段の例を挙げてみる。 ・足マッサージ1時間:  ‐200元(蘇州 パック旅行のオプション)  ‐ 40元(上海中心部 友人の馴染みの店 特別割引期間)  ‐ 40元(上海郊外 タンクトップのお姐さんがいて夜遅くまで営業して   いる店 ここは値段を聞いただけ) ・紹興酒1本:  ‐ 60元(8年物:旅行コースのレストラン 同行の飲兵衛3人が昼も夜   も転がしたボトル)  ‐150元(10年物:空港売店)  ‐  3元(3年物:上海郊外のスーパーマーケット)  ‐  7元(8年物:上海郊外のスーパーマーケット)  ・タバコ20本入1箱(上海市内):  ‐  2元以下のものが多かった  ‐ 配列してあったものでは20元が最高値 これは1箱だけしか置いてな   かった(日本なら2600円相当なので需要は少ないのだろう)    吸ってみたら マイルドセブンに慣れている喉に違和感がなかった  今回のパック旅行は半分くらいが土産物屋参りだった。中国土産は一切不要 という厳しい指令を我が家のマネージャから受けていたので、私は気楽に冷や かしができた。蘇州のある店で端渓の硯が目に入った。 日本円で5千円から 1万8千円ほどの値札がついていた。私が椅子に座ってタバコをふかしている と、中年の男性店員がやってきて「何かお気に入りの品はございませんでした か?」と問いかけてきた。「あるけど金がない」と答えると「どれですか」と 血相を変えて若い店員に品物を取りにやらせた。1万8千円の品だったので、 1万円くらいが限度だろうと思い、5千円にならないかと言った。店員は次第 に値を下げて何回かやりとりした後「領収書なしで5千円で結構です」と言っ た。私は少し迷ったが、結局買わなかった。店員は別れ際に「あれ(5千円に 下げたこと)は冗談だから忘れてください」と表情をこわばらせて言った。    soshus028.jpg   寒山寺内の店でも端渓の硯を並べていた。ここ  の店員はすらりとした若い娘で、お客への呼びか  けは遠慮がちだった。試しに値札の半額にならな  いか、と言ってみたが、値引きは期待できそうに  なかった。値引きの権限が与えられていないので  あろう。その代わり「筆を2本サービスします」  と言う。硯は素材の石次第だが、筆の良し悪しは  加工技術によるところが大きいだろう。中国製の  筆は単なるおまけに過ぎないはずである。などと  いう考えを巡らせた末に、例の1万8千円の品よ  りもずっと小さな硯を、結局9千円で買ってしま  った。中国の物価で考えれば9万円相当である。  寒山寺の漢詩(蘇州)   それにしては高すぎる買い物だ、と金を払いなが              ら思った。寒山寺という場所での、いわゆるひと              つの旅の思い出を残しておいてもいいではない              か...と自分をなだめた。 6.人権事情:  友人のマンションは上海の銀座とも言える中心部にあった。日本語のテレビ 番組としてはNHKプレミアムを見ることができた。これはNHKが放映した 番組を時間遅れで配信しているものである。朝ドラやNHKスペシャルなど、 政治に関係なさそうな番組ばかりだった。ところで、中国のインターネット利 用者数は世界第2位に達しているようである。しかし接続できるサイトは厳し く選別(フィルタリング)されており、台湾やチベットなどの政治関連、世界 のニュース、ポルノなどには接続できないそうである。ただし今回の旅行でこ のことを体験したわけではないので、具体例を挙げることはできない。ネット カフェで試してみたいと思っていたが、実行できなかった。  この稿を終えるにあたり、中国に感謝の意を表しておきたい。 中国は人権を抑圧している、という主張をアメリカなどは政治の駆け引きに利 用している。しかしアメリカにはない自由が中国にはあることを今回体験した のである。関空から上海への往復の飛行機は中国東方航空だったが、機内では 後部座席のいくつかが喫煙席となっていた。欧米や日本などの航空会社が忘れ ている顧客サービスを墨守しているのである。 ツアーで訪れた建物やレストランはどこも喫煙が可能だった。禁煙の表示をみ かけたことがなかった。旅行中の最大の障害は、ホテルで相部屋となった我が 4人組の組長がうるさくクレームを述べたことだけである。アメリカや日本の ように、酷暑の夏でも酷寒の冬でも、高額納税者たる喫煙者を、建物の外に追 いやるような仕打ちをよしとしない懐の深さを中国は残している。中国は少数 派にも寛容なのである。ん..? 中国では喫煙者は多数派なのか...?!          soshus055.jpg          運河で洗い物をする人(蘇州)                  (2004‐7‐20記  −了−)    初めての中国(その1)へ  エッセイメニューへ  トップページへ